「ライフチェンジング・イベント」
国際物理オリンピック2022実行委員長
日本学術振興会 理事
家 泰弘
国際物理オリンピック2022の実行委員長を務めることになった。この種のことの常として、断るに断れない方からの依頼だったことが第一の理由だが、そもそも物理でメシを食わせてもらう道を選ぶきっかけとなったライフチェンジング・イベントが懐かしく想い出されたからでもある。個人的な昔話をすることでリレー・エッセイの責を果たさせていただく。
1969年、高校3年生の時に、オーストラリアのシドニー大学の科学財団が主催する「高校生のための国際科学学校」に参加する機会を得た。オーストラリアとニュージーランドの高校生約130名に、米国10名、英国5名、日本5名を加えた夏の学校だった。日本から世界一周して英・米からの参加者と合流しながらシドニー入りするという夢のような旅程だった。地元シドニーからの参加者の家にホームステイしながら2週間シドニー大学のキャンパスに通って講義を受けた。この年の全体テーマは「今日と明日の原子力」だった。実際、原子力やラジオアイソトープ利用に関する講義もあったが、圧巻は原子核・素粒子物理学の講義で、パノフスキー[1]とダリッツ[2]という豪華な講師陣によるものだった。高校で習っている物理とは全く違う最先端の物理に触れて、大学では物理をやろうと心に決めた。
さて、IPhO 2022東京大会を担当することになって、まずは実際のIPhOを視察しなければということで、2017年のインドネシア大会に選手団に同行した。その「見聞録」は日本物理学会誌に書いた[3]が、この時の日本代表は金メダル2個、銀メダル3個、しかもその金メダルの1つは世界一位(Absolute Winner)という素晴らしい成績だった。この大会で出会って友達になった世界の高校生たちは、10年・20年後にはどこかの国際会議で再会し、さらに高いレベルで切磋琢磨するようになっているだろう。
物理先進国の日本で開催するIPhO 2022。参加選手ひとりひとりにとってライフチェンジング・イベントになるようなものにしたい。IPhO 2022の成功に向けて、物理関係者はもちろんのこと、広く各界からの強力なご支援をお願いする次第である。
[1]パノフスキー(Wolfgang Panofsky):当時、スタンフォード大学教授でスタンフォード線形加速器研究所(SLAC)の所長。素粒子実験の大家で、電磁気学の教科書でも有名。
[2]ダリッツ(Richard Dalitz):当時、オックスフォード大学教授。素粒子理論の大家で、素粒子反応過程におけるエネルギー分布を解析する「ダリッツ・プロット」で有名。
[3]家 泰弘:「第48回国際物理オリンピック(IPhO 2017)インドネシア大会見聞録」日本物理学会誌 vol. 72 (2017) p.882.
(左から)シドニー大学国際科学学校(1969)のテキストブック、講師のパノフスキーとダリッツ。
【略歴】
出身地 | 京都府京都市 |
出身高校 | 東京都立戸山高校 1970年卒業 |
大学院 | 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程 1979年修了 |
主な職歴等 | 東京大学物性研究所助手 米国ベル研究所 研究員 米国IBM研究所 研究員 東京大学物性研究所 助教授・教授・所長 2015年より日本学術振興会理事、現在に至る。 |
その他 | 日本物理学会(第68期)会長 日本学術会議 副会長 文部科学省科学技術・学術審議会 臨時委員・専門委員 「パリティ」誌 編集委員長 |