広い世界を垣間見る
2007年イラン大会代表
増田 賢人
我々の住む地球は太陽のまわりを公転しており、太陽系には地球も含めて8つの惑星があります。同じように、夜空に輝く星々の多くはそれぞれが惑星を有しており、銀河系には文字通り星の数ほど惑星系が存在している — このような認識が空想の域を超え、天文観測によって裏付けられるようになったのはここ30年余のごく短い期間のことです。これらの惑星系は、太陽系とは似ても似つかぬものから、比較的近い姿をしたものまで様々であることまでわかっています。ひょっとするとその中には、地球のように何らかの“生命”を宿すものもあるかもしれない — というのは現時点ではまだ空想の域かもしれません。私はこのような太陽とは別の星のまわりの惑星系について、地上や宇宙の望遠鏡で得られた観測データを用いて研究しています。未知の信号が既存の物理でうまく説明できると、身近な物理法則が宇宙の彼方でも成り立っていることを実感できます。また同じ観測データでも異なる視点から眺めるたびに新しい発見があり、我々の知る世界の地平をごく僅かながら広げることにつながります。
幼い頃から科学に親しみ、週末には博物館に通う・・・ような科学少年では特になかった私が本格的に物理を学び、天文学の道へ進むきっかけを与えてくれたのが物理オリンピックでした。コンテストの内容は難解でしたが、地球や宇宙といった日常の経験を超えたスケールの現象が、物理の基礎法則を適用することで解き明かされるようすに魅力を感じたことを覚えています。このような嗜好は現在の専門分野にも通じているかもしれません。じっさい後になって気づいたことですが、自分の研究でちょうどオリンピックで解いた問題と同じような計算をしていることもありました。そのような折に物理という学問の普遍性と幅広さを感じます。
物理そのものはもちろん、オリンピックを通じて出会った人々もひじょうに印象的でした。昼夜を問わず物理の議論に明け暮れる同年代の参加者や、高尚な専門書で輪講をする大学生の先輩たちには圧倒されることもしばしばでしたが、皆とにかく楽しそうであったのが記憶に残っています。また若い学生たちに劣らぬ熱意で指導にあたってくださった先生方をはじめ、コンテストの運営に力を尽くしてくださった皆様にもたいへんお世話になりました。そのような恵まれた環境で同じ興味を有する知己を得、ともに背伸びをした経験は代え難い財産となりました。
「青天井の世界を知った今、欲を出して伸びていってください。」当時国際物理オリンピックの派遣委員を務められ、イラン大会には口ひげを蓄えて参加された故鈴木亨先生から頂いたメッセージが思い出されます。当時の私には「欲を出し伸びる」という表現はあまりピンときませんでしたが、広く深い物理の世界とそこに情熱を傾ける人々の存在を垣間見た経験は確かに人生の糧となっています。物理オリンピックが参加者の皆さんにとってもそのような機会となることを願ってやみません。IPhO2023日本大会の成功をお祈り申し上げます。
【略歴】
出身地 | 石川県 |
大学院 | 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 |
職歴 | プリンストン大学・プリンストン高等研究所 博士研究員 |
現職 | 大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻 助教 |