「国際物理オリンピックに参加して」 西口 大貴 リレー・エッセイ 2-4

「国際物理オリンピックに参加して」 西口 大貴

2007年イラン大会
西口 大貴

今、パリ→東京の飛行機の中で感傷に浸りながら文章を書いています。2年余りのパリでの研究生活を終え、東京へ向かっています。なぜ僕はパリで研究をしていたのか?今後何をしていくのか?
僕はいま、物理学の研究者として、微生物の個々の運動原理や、その群れに潜む普遍法則を理解すべく、主に実験によるアプローチで研究を進めています。なぜこのような分野を専攻することになったのでしょうか?ふつう、物理学の研究と聞いて思い浮かべるのは、素粒子・原子核・宇宙・超伝導といった内容ではないでしょうか。実際、物理学科に進学する学生の多くはこれらの分野に当初から興味があり、その方向の興味を深めていくことが多いと思います。しかし僕は物理学科への進学を決める段階で、これら以外のことをしたいと考えていました。
僕は昔から生き物が大好きで、小学校では飼育委員長を務め、自宅でもいろんな生き物を飼ってきました。中学高校の生物の授業もとても楽しんでいたのですが、生命現象は非常に複雑なため、なぜそのような現象が起きるのか疑問が尽きませんでした。一方で物理学は、本質を突く基本的な法則から現象を統一的に理解でき、さらに実験と理論を定量的に比較できることをとても楽しく思っていました。しかし、高校までの基礎的な力学や電磁気学が好きであっても、それらは最先端の研究そのものではないため、物理学の研究というものに具体的なイメージを抱くことはできずにいました。
高2の夏に転機が訪れました。物理チャレンジです。それまで科学雑誌やテレビの中の存在だった研究者、あるいは存在すらまともに知らなかった大学院生と直接対話する機会に恵まれ、彼らが自分の研究を生き生きと語る姿に感銘を受けました。ここで、物理学の適用可能範囲の広さにも気づき始めました。生物物理学という分野の存在もこの頃に知ったと思います。そしてその後、2017年の国際物理オリンピックの代表候補者として研修を受ける中で大阪大学の先生にお世話になりました。その際に、その先生がもっと幅広い面白い研究を知ってほしいとの計らいで、大阪大学の生命機能研究科にある非平衡物理の研究室を訪問させていただく機会をいただきました。そこではモルフォ蝶の羽の構造色の原理や塩水振動子の実験など、日常スケールの現象を理解する最先端の研究に触れることができました。これらの内容には非常に興味を持ち、自分でも勉強し、大学入学直前の3月に次の国際物理オリンピックの代表候補者へのセミナーを依頼いただいたときには、モルフォ蝶の羽の色に関する問題を作ったくらいです。
その後、東京大学に入学し、学科選択の時が来ます。とりあえず物理学を専攻して、それをベースに自分の興味ある現象を根本から理解していこうと考え、物理学科への進学を決めました。こういった考えができたのは、物理チャレンジ・オリンピックを通して、本物の最先端の科学に触れる機会を得られ、物理学のカバーする対象の広さを実感していたからだと思います。
大学院では非平衡物理学実験の研究室に進み、微生物の群れ運動や動き回る人工微粒子の生き物っぽい振る舞いの中に普遍法則を探求してきました。卒業後は、もっと生物学としての意義と面白さも追求したいと考え、微生物研究のメッカであるフランス・パスツール研究所の研究室に飛び込みました。所属研究室内に自分以外は生物学者と化学者しかいない環境で、「物理学の発想がどこまで通用するのか?」「生物学からの問いは何か?」「生物学者はどのような発想をするのか?」を理解しようと2年間もがいてきました。まだ道半ばですが、物理学と生物学の視点を融合することで新たな世界観が見えてきました。
このように、物理チャレンジ・オリンピックでの多くの方との出会いを通して、自分の興味・関心が形成されて来たのだと改めて実感しています。これからは、自分も自分がいま切り開こうとしている科学を生き生きと語って、より若い世代に物理学の広い世界を知ってもらいたい…そう思いながら、物理チャレンジや国際物理オリンピックにこれからも協力していきたいと思っています。

【略歴】

出身地 奈良県奈良市
出身高校 大阪星光学院高等学校 2008年卒業
大学院 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程 2017年修了
主な職歴 フランス・パスツール研究所,博士研究員
現職 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻,助教

 

パスツール研究所の自分の研究棟の前にて

 

 

 

 

イランでの代表5人で作ったIPhOの人文字

 

 

 

 

 

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