物理学と哲学
田島節子
大阪大学理学研究科 研究科長・教授
なぜ物理学の道に進まれたのですか、とよく聞かれます。(女性が珍しいからでしょうか。)私が物理学に強く惹かれたのは、それが哲学に通じるものであると感じたからです。10代の頃この世に神は存在するのか、宇宙はどうしてできたのか、自分はなぜ今ここにいるのか、というようなことを問い続けていました。自分が死ぬまでに是非「なぜ自分が生まれてきたのか」を知りたい、と思っていました。一方で、この世で起きている現象を、簡単な法則を仮定して統一的に説明することができる「物理学」の素晴らしさに感動もしました。そして、偶然出会った特殊相対性理論の解説書を読んで、自分が普段認識している世界が、実は本当の世界ではないことを知り、「物理学を勉強しよう!」と決心しました。それは、「本当の世界」を知る一つの道だと思えたからです。そして、物理の本を読むことで、小説を読むのとは別種の「震えるような」感動を体験しました。
その後、紆余曲折ありましたが、曲がりなりにも現在、物理学を研究する職にあります。40数年たった今、高校生だった当時を懐しく思い出します。残念ながら、物理学を勉強しても「なぜ自分が今ここにいるのか」という問いには答えられないことがわかりました。
ただ、物理学のそこかしこに哲学的な匂いを感じます。本当の世界を知る道筋を示してくれているように思います。(本当の世界とは何か、という問いは、それはまた別の難しい問題ではありますが。)先ほどは相対性理論のことを述べましたが、電子の粒子性と波動性の二重性を前提とする量子力学も“想像を絶する”不思議な世界で、正直「本当だろうか」と疑いたくなります。ところが、人類はそれを正しいと仮定し(物性物理学)、半導体技術やコンピューターを生み、現在の情報化社会に到達しているのです。当初はアインシュタインでさえ理解しなかったという量子力学ですが、今やその正しさを疑う人はいません。でも、やっぱり直感的には理解しがたい不思議な世界です。私の専門である超伝導も然り。いくら理論的に説明されても、やはり電気抵抗がゼロになることは直感的に理解しにくい不思議な現象だと思います。
常識を捨て、実験結果だけから論理的に「本来の姿」を導き出すという作業が物理学の研究です。大学や研究所における実際の研究は、小さな謎解きの連続と言えます。すべてが心震える感動につながるというわけにはいきませんが、「なるほど、そういうことか!」と膝を打つことは多々あり、それがまた次の謎解きへの挑戦の原動力となります。物理学の研究対象は宇宙、生命、物質など森羅万象。この世は不思議なことだらけですから、若い皆さんが取り組むべき謎も尽きることがないでしょう。どうか「謎解き」に挑戦し、物理学を発展させていっていただきたいと思います。
私は、「なぜ自分が今ここにいるのか」ということを考え続けたいと思っています。
【略歴】
出身高校 | 東京教育大学付属高校(1973年卒業) |
大学・大学院 | 東京大学工学部物理工学科 工学士(1977年3月卒業) 東京大学工学研究科 工学博士(1988年2月) |
主な職歴等 | 日本電気株式会社(超LSI技術研究組合共同研究所出向) 東京大学工学部物理工学科助手、講師 財団法人国際超電導産業技術研究センター、超電導工学研究所、 室長代理、第二研究部長、材料物性研究部部長、 大阪大学大学院理学研究科物理学専攻、教授 副理事、理学研究科長 |